「学校の勉強は社会に出たら役に立たない」と話す人がいる。そういう人は学校で勉強しなかったのだろうと思う。学校で教えられている内容それ自体は,とても有益なものだ。でも,私も学校で勉強した記憶は少ない。授業中はぼーとしていた。勉強がわからなかったからではない。つまらなかったからだ。授業が面白いと思った経験は,小学校から大学院まで含めて人生のなかで2人の教師の授業だけだった。

たしか小学校6年の担任が初日に「君は授業を聞かないで,自分で勉強をしていていいから」と言ってくれたのは,本当にうれしかった。あのとき「あぁ,よかった」と思ったのを覚えている。その教員について覚えているのはその一言だけだ。

自慢をしているのではない。私の辛かった経験を共有したいだけだ。私は知りたがりで,きわめて好奇心の旺盛な人間で,学習意欲が高く,今でもいろいろなことを学んでいる。その私には学校の授業はつらい場所だった。成績はもちろんよかった。私にとって授業が苦痛であることを理解してくれたのは,あの担任だけだった。

教壇で「教えている」人間が間違ったことや,意味不明なことを言っているのを,指摘せずにじっと我慢して聞いていなければならない。よそ見をしていると怒られる。問題を解き終わって暇になっていてもじっとしていなければならない。もっと時間を有効に使いたい。もっと勉強したい。

勉強をできない場所が学校だった。

そういう人間はきっと私以外にもたくさんいたし,今でもいる。



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