中国化する世界

世界が中国化していると思っている。世界の工場だとか,独裁化だとか,そういったたぐいのことではない。中国の人々の振る舞い方の大枠にある原則のようなものが世界大に広がっていると思っているということだ。

そう思うようになってすでに2年ほどたっているのだが,まだこの考えは練られていない。練るつもりもない。30年ぐらい前にグローバル化について書いたことがある。わからないから書いてくれと頼まれて書いた。それで知らなかったので,たくさん調べて書いたら,だいたいその通りで,今でもそのときの見通しは間違っていなかったと思えるので,自慢げに思っている。

そのときは,書いてくれと頼まれたので書いたが,今回は誰にも頼まれていない。頼まれていないとなかなか何かをしようとしないのは,私の悪い癖で,なんとかならないかとずっと思っているが,まだ何ともなっていない。

ブログは頼まれ原稿ではないので,好き勝手に脱線できるのがいいところだ。その脱線が面白くないとしても。

世界の中国化ということで私が考えているのは,政治や公的枠組みを脇に置いて,自分と家族の幸福を第一に考え,そうした枠組みの中で上手に泳いでいくという生き方が広がっているということだ。

そんなことを中国化などと呼ぶのは中国の人々に失礼だと言う人もいるかもしれない。それを失礼だということが失礼ではないだろうか。私は悪いことだとは思っていない。

悪いことだとは思っていないが,公的な枠組みがそれ自体として尊重されないことは残念であるとは思う。だが,公共性と個人の幸福とどちらに価値を置くのかと問われれば,私は後者だ。


途中を省略して関連することを書くと,トランプが勝つだろう。ヒラリーかトランプかと問われ,米国人はトランプを選んだ。理解できる。そしてトランプの混乱の3年の後,トランプかバイデンかと問われて,バイデンを選んだ。理解できる。今,バイデンかトランプかと問われている。約束を実行できなかった大統領2人,どちらに二期目をさせるか。トランプはコロナに対応できなかった。他にもいろいろあるが。バイデンはウクライナで戦争を,ガザでジェノサイドを進めた。他にもいろいろあるが。何もできない口だけの男と,何をやってもちぐはぐな男のどちらを選ぶか。米国民は究極の選択肢を三度迫られている。トランプが勝つだろう。

日本はどうだ。今,私の地元の京都市中京区で市議の補選が始まった。ひどいもんだ。私も究極の選択を迫られている。裏金をつくって遊んでいる政党と,その政党のごまかしに手助けした政党と,何でもかんでも批判するだけの政党と,候補者すらなかなか見つけられない政党と,どれを選べばいいのか。

世界の中国化が進んでいる。政治や公的枠組みなんぞ信頼できない。自分の幸福は自分で切り開くしかない。街行く中国からの観光客の人たちを見ながら,日々,考えている。



投稿日

カテゴリー:

投稿者:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です