事実と意見

事実と意見の区別は,「合理的」な議論のためには必須だ。そして「事実」は確定的なので断定して話し,「意見」は多様なので推量として話すものだと思っている。つまり,今私がしたようにだ。この区別は必須だと断定できるが,そのように話すものだというのは私の意見に過ぎないので,断定できない。

断定できないが,事実と意見を区別するのが必須ならば,責任ある書き手,話し手ならば,この区別を文脈に委ねず,明示的に示すだろう。ところが,それがなされなくなっている。

トランプはもっともわかりやすい例だが,どうやら日本の高齢知識人のなかにも,そのような人たちがあふれているようだ。「60を超えたら・・・しなさい」などいうものが売れているらしい。「しなさい」は命令なので,厳密には断定ではないかもしれないが,そのような命令の前提には,ある事実についての特定の解釈(意見)が横たわっている。

言い切りの方が説得力があると感じているのだうろ。わからないではない。ただ,その多用は,読書によって培われことが期待されているはずの,独立した判断力を奪うのに貢献しているのではないか。

そう疑問に思えるぐらいの経験を重ねてきたはずの高齢知識人が,言い切りを多用した著作を次々と出す。悲しい脱教養化現象だと私には思われる。



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