未来の過去

パソコンが13inchぐらいになって,重さが1kgを切れば,もっと持ち歩きやすくなるのに,そうしたスペックではまだ実用に耐えるものがない,と私が嘆いたのは,今から15年ぐらい前のことだった。その10年以内にそれは実現した。

他にも以前は,こうだったらいいのにと不満に思っていたことのいくつもが実現している。たとえば,1つのキーボードで,複数のパソコンを操作できるようになればいいのに,というのがそれで,それは,ブルートゥース・キーボードでは,接続の瞬時の切り替えによって可能になった。私はEWinのEWB008をもう数年間愛用している。

加えて,類似の機能は,Mouse without Borders という「国境なき医師団」をもじった素敵なネーミングで実験されていて,MicrosoftのPower Toysに加えられている。このアプリは,1つのマウスで複数台のパソコンを操作できて,そのマウスのフォーカスされてるパソコンを同じく1つのキーボードで操作できるようにする。作業内容によってはすごぶる役に立つ。もっともこちらは最近は使っていない。複数台のPCを同時に起動しておくことが減ったからだ。私の作業スタイルが変わった。それに複数台のPCを同時に操作しているときにも,マウスをスッとずらすと,フォーカスが別のPCに移ってしまうことがあって,やや使いづらいときがあるからだ。

いずれにせよ,過去の未来は現在の現実になっている。

未来から過去を見ると,驚く。過去を知らない人にとっては,それは非現実的だと思える。電話がなかった時代を私はさすがに知らない。私が1人暮らしを始めたときには,私は自分の家にLand Line(固定電話)を引いた。私に連絡するのに大家さんの家に電話をして,大家さんが私を呼びだしにくるようなスタイルの生活はしたことがない。私にはそれは想像を超えている。

未来は想像しやすい。実現しないかもしれないことも想像することはできる。過去を想像することは難しい。それはFixされていて,動かせないので,知らないと分からないのだ。それで歴史に対する誤認があふれ出す。

本当は過去の未来として現在を記録するために,いくつかの事実を書こうと思って書きだしたのだが,ここまでで,お腹いっぱいの内容になってしまった。またの機会にしよう。

過去や未来を現在から眺めるだけではなくて,過去や未来から,未来や過去や現在を眺めてみることをしてみると,少し違った景色が見えきますよね。



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